君の声が聞こえない
あんなにも美しく、よく通るアルトの声なのに
どこに居たって、君が歌う声は聞こえていたはずなのに
………きみのこえが、きこえない
”貴方の声が、消えないの”
彼女は自分にそう言った。それは”好き”でも”嫌い”でもなくて、ただ単に事実を述べただけの事。
けれど自分に面と向かって言った時の彼女の赤く染まった顔は、それこそ蛸が茹で上がった様で、つられてこちらも赤くなりそうな勢いで。
”どうにもならない時、どうしたら良いか分かる?”
最早視線も斜め下で、困ったように眉を動かして、声も小さくて
”…どうにも、ならない、から”
傍から聞けば、吐き捨てるように言ったようにも聞こえるその言葉の一つ一つが、頭の中を巡る
「…ならば、どうもしなくて良いのではないか?」
”…え…?”
視線が上がり、青みがかった瞳がこちらを見つめる。
普段なら真っ直ぐ見ることさえ叶わないその瞳が、何よりも煌いて見える。
「拙者も、ルカ殿と同じだ」
君が想うよりずっと前から、俺は君を想っていました
君の頭の中で俺の声が谺するもっともっと前から、俺の頭の中では君の声だけが響いていました
君はたくさんの言葉を、たくさんの音を届けてくれた
………でも、もうきみにはとどかない
「素直じゃない」
その言葉を自分が口にするたびに、彼女は冷たい目を向けた。
”…意味が解らない”
辛辣に言い放つが、その言葉には覇気がない。
「そのままだ。意味など無い、言葉の通りに受け取ってくれ」
”素直って、そもそも何だか分かってる?”
その時彼女は溜息をつきながら、決まって自分を見ようとしなかった。
例えば、机に頬杖をつきながらガラスの窓の外を見たり、道沿いに建つ店の壁を眺めたり、何も無い時にはそのまま目を閉じたりもした。
”馬鹿じゃないの、本当に。”
それに”気付いてるわよ、そんなこと”が続く様に聞こえてしまうのは、もしかしたら自分の勝手な思い込みなのかも知れないが。
君が居なくなる事を知っていたら、俺はきっと君の望むことだけをしただろう
君が居なくなった事を知らないままだったら、俺はきっと今でも君の居ない世界を、愛し続けられただろう
君が居なくならなければ、俺はきっと君を抱き締めていただろう
………きみのすがたが、みえない。
ある日、彼女は唐突に姿を消した。
彼女の家族はそろって泣きそうな顔で”わからない”と答えた。
そんな事が有り得るのか。
突然居なくなるなどという事が、起こりえるのか
…有り得ない、はずだった。
だから彼女はどこかに居るのだと、自分は心のどこかで思っていなくもなかったのだ。
何もかも、知らないままで。
「ごめん、伝えなくちゃいけない事があるんだ。」
「KAITO?」
「…騙してた、ずっと。」
「騙して…いた…?」
青いマフラーを巻いた青年は、ゆっくりと息を吸い、そうして泣きそうな表情で続ける。
「消えたんだ…、…違う、消された、んだ。」
「…?」
「アンインストール…完了…ルカの部屋に行こうとした時には、もうその部屋すら無かった…。」
消えゆく意識の中で、彼女は何を思ったのか。
「前々から、俺にルカは言ってた…”もし、自分が消える時が来たら、彼だけには言わないで”ってね…?彼、が誰かは直ぐに解った。だから、言えなかった。」
「…では、何故…?」
「…がっくん、鏡を見てみなよ。……これ以上、君がやつれていくのを、俺達はもう、見ていられないんだ。」
青年はそう言うと、その頬に一筋、水滴を伝わせた。