さて、ルカ姉の恋人であるがくぽ兄を皆して殴った(?)その日の夜。
あろうことか、今夜もルカ姉はなかなか帰ってこなかった。
「ルカはどこをほっつき歩いてんのよ!今日の収録、そんなに長引くなんて聞いてないわよ!」
時刻は23時を回ろうとしている。…そしてMEIKO姉はいつもより早いペースでお酒を飲んだ結果、確実に酔っぱらいになってしまったのだった。
「めーちゃん落ち着いて。ルカも子供じゃないんだから、帰りが夜遅くなることだってあるでしょー?」
KAITO兄の必死の制止(やんわりという所が、KAITO兄曰くミソらしい)も、今日のMEIKO姉には蚊程も効かない。
KAITO兄が無理となると、この家でこうなったMEIKO姉を止めるのは、不可能に近かった。
「だって昨日の今日よ?!KAITO、アンタ言ってたじゃない、昨日ルカはがくぽと――」
「めーちゃん!皆いるから!子供がいる!」
KAITO兄が焦る。…別に俺らそういう話聞いたところでさして驚くことも無いんだけど。…今日の夕方聞いたおかげで。
「あぁもう、あと30分で今日も終わりよ!!…こうなったら、直接がくぽのところへ行ってルカを取り返すしかないわ。」
さあぁ。そんな音がするくらいに、そのMEIKO姉の言葉を聞いた瞬間他の全員の顔から血の気が失せた。
いくら俺らが子供だからと言って、やって良いことと悪いこと、常識と非常識、そして思いやりと想像力くらいはあるぞ。
「めー…ちゃん…?それ、まさか本気で言ってるわけじゃないよね…?」
今までのほほんとしていたミク姉も、顔を青くしてMEIKO姉に問う。
「なによ、本気に決まってるでしょ!!うちの大事なルカをこんな時間まで拘束してるなんて、最低だわ!」
「MEIKO姉、ルカ姉もきっとそれで納得してるんじゃないの…」
「アタシはルカの保護者なのよ!うちの家族である以上、うちの妹である以上、心配するのが普通でしょう!」
「…いや、でもそれとがっくんの家へ行くってのは違うでしょ「黙ってなさいよ」
空気が凍り付いた。…気がした。
「MEIKO姉…せめて、もうちょっと待ってあげよう…?」
今の俺らに出来ることは、どれだけMEIKO姉の気持ちを逸らすかというところだけ。
「ほら、家にいないかもしれないよ?」
「だったらなおさら行けば分かることじゃない」
ミク姉、それは軽く地雷!
「いいわよ、別にアンタ達は行かなくても。アタシ一人で行けば済むことじゃない」
だからそれがマズいんだってば!!!
玄関に向かおうとするMEIKO姉を、全員が必死で止める。
「何よ、アンタ達ルカが心配じゃないわけ?」
むしろMEIKO姉が行った瞬間にどういうシチュエーションになるかが心配なんですけど!
「めーちゃん、ほら、2人でいるんだったら取り込んでるかも知れないよ!そんな時にルカだって帰ってこれないでしょ!」
「そうだったらアタシはがくぽをその場で抹殺するわ。」
なにそれ!!!!!!
夕方の会話では、それも込みで別に認めてるみたいな発言してたじゃん!
「大体、そう言う事をしたいんだったらとっとと結婚しなさいよ!」
「それはMEIKO姉、マスターの問題だから…」
初めてマスターに文句を言いたいと思った。
マスター、お願いだからこの修羅場をもしも俺らがくぐり抜けることが出来たら2人を新しいフォルダに移してやって、後生だから。
「ほら、そうこうしてるうちにもう12時じゃない!もうダメよ、姉として殴りこむ。」
お酒が入ったMEIKO姉に勝てる者はいない。…しかも酔えば酔うほど強くなる――って酔拳かよっ!
皆もさすがに疲れてきたのか、止める腕が震える。
一瞬の出来事、MEIKO姉は皆を振り切り、そのまま靴を勢いで履いて外へ出て行ってしまった。
…マズいなんてもんじゃ、なくない…?
全員で、MEIKO姉を追いかける。
「MEIKO姉、待ってーー!!」
「めーちゃん、考え直して!」
その足の速さといったら…酒飲んでる奴の速さじゃねぇって!
ギリギリ、KAITO兄がMEIKO姉のドアを開ける手を掴んで止める。
「めーちゃん!いくらなんでもこの時間に人のうちに上がりこむのは常識外でしょー。」
「…こんな時間に人ん家の妹連れ込んでるのは常識内なわけ?!」
「めーちゃん、声大きいから!」
「何事か?」
――え?
ドアが開いて、中から出てきたのは普通にがくぽ兄だった。
「いやぁ…ごめんね?ここにうちのルカ、いる?」
「いや、ござらんよ。」
「嘘吐いてんじゃないわよ、わかってんだから。」
「嘘など吐かぬ。…まだルカ殿は帰ってないのか?」
「あー…うん、そうなんだよねー。でもがっくんしらないでしょ?御免ね、騒いで。ってめーちゃん!人の家に勝手に上がりこまないの!」
「嘘が白々しい」
「MEIKO姉!もういいじゃん!ルカ姉居ないって!」
「がくぽ?うちのルカをどこに隠したの?」
「いや、拙者は存ぜぬ…!っ…」
…痛ったぁーー!!!!
がくぽ兄の言葉の途中で、MEIKO姉がその頬に一発、喰らわせる。
「めーちゃん!…がくぽさん、大丈夫ですか!?!?」
「MEIKO殿は…酔っておられるのか…?」
「そうです、ごめんなさいごめんなさいごめんなさい!!!」
「MEIKO姉、帰ろうよ、これ以上がくぽ兄に迷惑掛けたらダメだよ!」
「ルカを返せ」
「めーちゃん!」
…その時だった。
「…お姉ちゃん…?」
ドアが開いて、MEIKO姉の目の前に桃色の髪の毛が広がる。
帰ってきたルカ姉は、玄関に全員集合した姿を見て目を丸くした。
「ルカ!!!」
姉!!!」
ちゃん!!!」
全員が最早泣きそうな勢いでルカ姉の名前を呼ぶ。
「どうしたの…?!」
「ルカちゃんお帰りー!もうちょっと早く帰ってきてよー!!」
「ルカ、今まで何所にいたんだ?」
KAITO兄の質問に、ルカ姉が首を傾げる。
「何処って…今日は収録の後、皆さんで打ち上げするから今日は遅くなる、ってお姉ちゃんに伝えた筈なんだけど…?」
…なんですと?
全員が一斉にMEIKO姉を見つめる。
「えっ…そうだった?」
「お姉ちゃん、皆に伝えてなかったの?」
MEIKO姉を見る全員の目が冷たい。
「…めーちゃん?がっくんにほら、謝って。今日2発目でしょ。」
「めーちゃん、こんな夜中に迷惑掛けたんだから謝って。」
『MEIKO姉』
「…ごめん、がくぽ。」
MEIKO姉はそう言うとKAITO兄の方へ倒れていく。…あぁもう、この飲んだくれが!!!
「え…っと、何が…?」
「いや、取り合えず無事で良かった、ルカ殿。」
「え、いえ…神威さん、頬が腫れてます、直ぐに消毒を…。」
「いや、これ位大したことない。」
「私は少し、神威さんの手当てをしてから戻ります。…先に、皆は戻ってて?」
「…忝い。」
「うん、わかったよ。…ルカ、あんまり遅くならないようにね?」
「わかってます。」
じゃ、とKAITO兄に連れられて、俺たちは家へ戻る。
俺の横を歩くKAITO兄は、何故か笑っていた。
「がくぽ兄も災難だな。」
「今日3発目だしねー」
「いや、今日6発目だから。」
「え、なに、3人も殴りに行ったわけ?盗み見は良くないなー。」
『知ってたの、KAITO兄』
「いやぁ、あれは気付くよー?」
へらっとKAITO兄は笑う。
「はぁ…ミク疲れちゃったし、もう寝るね?」
「私も寝るー。ミク姉、待って!」
2人が階段を駆け上がっていく音がして、下に残ったKAITO兄はゆっくりと抱えていたMEIKO姉をソファーに寝かす。
……
「あれ、レンはまだ寝ない?」
「…KAITO兄、ルカ姉遅くない?」
手当位なら、ものの10分もあれば終わるはずなのだが、ルカ姉は一向に帰ってくる気配が無い。
「レン君にはまだ早いかなー。やっぱりここに気付かないと。」
「どういうこと?」
「おかしいでしょー、なんでルカはがっくんの家に来たわけ?」
「それは…家に誰もいなかったから?」
「50点かな。普通、他人の家に入るとき、レンはまずどうする?」
「えーっと…チャイムを鳴らす。」
「その通り。…けど、ルカは鳴らしたかなぁ…?」
いや、どの記憶を手繰っても、チャイムの音を聞いた覚えは無い。
「つまり、その位の時間に行くってことを約束してあったんだよ。」
しかも、時間通りってところかな。ルカの性格なら、遅れたり早かったりしたときは多分チャイムを鳴らすと思うよ、失礼が無いようにね。
KAITO兄はそう言って笑った。…つまり…?
「一応釘は刺したんだけどねー。遅くなるなって。…でもまぁ、この位なら許容範囲じゃない?恋人達の甘い時間をちょっと邪魔しちゃったんだし。
しかもめーちゃんには具体的な時間は伝えてなかったみたいだね。確かに、打ち上げで遅くなるのって意外と午前様とかアリだから。ルカも大分ずるくなったよねー。」
今頃手当なんか放っといて宜しくやってる…そういうことかあああああ!!!!
知らず知らず、顔が火照ってくる。これが俺が子供たる所以なのかも知れない。
「…大人って、ずるくて狡くて、なんかなんでもお見通しなんじゃん。」
「レンももうちょっと大人になったらそうなるんじゃない?それまでは子供を満喫しておきなよ。…いつか、自分が好きな人の家族に殴られるまで、ね。」
まとめかた上手いなぁ…
改めて、KAITO兄に敬意を表します。
「照れるなぁ、そんな風に言われると。」