あんな女を愛した俺の前世は
まあ趣味は悪くなかったんじゃねぇかなあと
外の桜吹雪を見て、ふとそう思った。
「尽くすタイプだな。」
そう言った傍からチクリと何かが心を―いや、頭かもしれない…?―を刺した気がしていた。
タイプじゃないのは目に見えて明らかだったし(というか重い女は性に合わない)、あのチトセという女がルカを至極気に入っているのは目に見えて明らかだった
何回か「偶然の」出会いを繰り返すうちに、あの女がとても性格に難があることを、イリアほどに罵倒するまでは無いにしろ、分かってきてもいた。
しかしその度に何か、こうもやもやしたものが記憶を覆っているような気がしないでもなく
はっきりしないそれに苛々が募っていた時だった。
あれは秘奥義を使いこなせるようになって暫く経った時だった。
うつらうつらしていた俺の夢には久しく現れていなかった前世の自分が、我が物顔(といっても顔は無論ないのだけれど)で鎮座していた。
「…なんで居んの」
『…久しぶりだな小僧。少しは剣の腕も上がったか?』
「…小言言う為に出てきたのかよ」
『青二才が我にそう言うか。転生する器を誤ったとしか思えぬな』
「うぜぇ!くどくどくどくど、じじいかお前は!くだらねェ事ほざくんなら俺は起きるぞ!」
すると少しの間をおいて黄色の光をぼんやりと暗闇に浮かばせつつ、剣はいつになく真剣に俺に語りかけた。
『…彼女は、幸せになっているだろうか―――?』
「…はァ?彼女?お前に彼女居たの?剣の彼女っつったら何、ナイフとか?」
『茶化すな小僧。童の方がしっくりくるか?』
「誰が餓鬼だ!」
『ともかく、お前如きに我が転生しているくらいならば彼女も恐らくは転生を果たしている事だろう。…かの不憫な花の精も。』
花の精、と聞いて思い出せるのは一人しかいなかった。
件のチトセ――転生前は確か、”サクヤ”だったか。
「お前が気にする事かねぇ?お前があの女を不憫だとかそういう目で見てたとは流石の俺も思い出せなかったわ。」
『……そう言うという事は、此度の転生も、上手くはいかなかったようだな』
「性格が捻曲がってんだよ。アスラに振り向いて貰えなかった嫉妬と、イナンナがアスラを裏切ったっつう憤怒?あれに固執して生まれ変わったようなモンだ。」
『…そう、か。』
「なんでそんな心配してんだよ。アレか?アスラを見てたサクヤ見てお前が惚れたとかか?」
『…恋情など良くは分からぬ。…只、我は我を持ちアスラを籠絡せねばと恋情と任務と私情に揺れたイナンナよりは――直向きに己の主だけを見据え力を振るった花の精の方が、
遥かに美しく見えた、それだけだ。』
それに、と剣は続ける。
『彼女は眼前で己の愛した主が憎むべき女に刺し殺されるのを見、且つその後折れた我の刃の欠片で自らの命を絶っている。…不覚にも、最期の意識で思った事は、だ』
何故この記憶を俺に与えなかったのか?
そう思うほどに、この剣は
『あの道を外した槍の如くに、…彼女の血に浸る事の、何と甘美な事かと、そう、思ったのだ』
彼の言う花の精を、愛していたのだと感じた。
ぼんやりとした頭で、無意識に指で頭皮を掻く。
何故、あの剣が俺に記憶を残さなかったのか、少しなら分かる気がした。
あの無口で嫌味な俺の前世は恐らくとても羞恥心が強いのだろう。
願わくば彼女に、前世に縛られぬ様な幸せを掴んで欲しいと
切に、(まったく、俺らしからぬことだマジで)
そう思った。