その少女はただ、横たわったまま虚空を見つめていた。


薄青く光る髪、雪よりも白い肌



俺は、天使を見たに違いなかった。








FORTの建物は地下深くに存在し、全長もその中の構造も、数年居る俺でさえ全て理解はしていない。


そもそもそんなことに興味は無い、と言ってしまえばそれまでなのだが、そんな余裕もない位に多忙であったのは間違いなく


この日は珍しく任務の無い、それはそれで貴重な日だった。







Σの能力を、元々欲していた訳では無かった。


このピアスを身につけさせられた時、恐怖が無かったと言えば嘘になる。


それまでに何人の不適合者をこの目で見てきただろうか、数え切れるわけも無く


それでも慣れとは人をどこまでも堕とし、恐怖という言葉の意味さえ最近は解らなくなってきた。


それを喜ぶべきか、悲しむべきか


その答えは、いまだ己の中に出てはいない、が。








気に障る”何か”を感じたのは、ほんの一瞬の事


消えそうなそれを、全神経を使って手繰り寄せる。


それは感じ取れる限界の気迫


動かず、ただその気配は静かに濃淡を繰り返して、その場にたゆたっていた。


気配の持ち主もまた、その場を動こうとはしない


否、動けはしないのか純白のベッドの上に、白く細い少女は目を閉じて横たわっている。


気配は死を纏っている様でもあり、少女は果たして息をしているのかさえわからない。


本当に人間なのか、人形ではないのだろうか……もしかすれば、天使なのかもしれない、そんな白さだった。


「…だ…れ……?」


気付けば、少女はその閉じた瞳を薄く開けてこちらを見つめている。


琥珀色の両目は、全体的に色素の薄い少女の中で異質な輝きを放っていた。


「みんな……いない、の…?」


少女は目だけで周囲を見渡すと、再びこちらを見据える。


「あなた、は……しに、がみさん…?」


少女の言う「しにがみ」というのが死神だという事に気付くのに時間がかかった。


それでも、その言葉が少なからず的を射ていることに心音が少し速くなるのを感じる。


「だった…ら、なつき…も…みんなのところへ、いける…よね…」


俺の瞳が僅かに開いたのを、肯定とだと少女は考えたらしい。


少女の表情が微かに動き、力無く笑う。


この”ナツキ”という少女に何があったのかは解らないが、FORTに運ばれていることと、この衰弱の仕様は間違いなくサイレントが関わっていると見て良さそうだった。


「しに、がみさん……なつき、を、はや…く、ころ、して…?」


少女の瞳が、俺を捉えて離さない


「なつ…きも、しん…だら…みんなのところ、いける…でしょ…?」


それとも俺が、少女の瞳を見つめて離さないのか


…咄嗟の衝動、普段ならば有り得ない欲。


少女の望みを叶えるためには、心を喰らう事は最適なのではないか?


そしてその力を、俺は誰より強く持っている。


絶望の淵に立ち、死に駆られる少女の心は、きっともう回復はしないだろう。


……ならばいっそ、失くしてしまえば良い。


――――少女は静かに、目を閉じた。










「劉、彼女の心の中はどうだったかな?」


冷汗が、額を伝う。


振り向けば、そこにはFORT所長であるレイ・プラティエールが立っていた。


「彼女は、君の今見た惨状の中、生き残ったんだ。」


目の前で次々に家族が殺されていく、悪夢のような光景


それを、この少女が体験したというのか


「…君が今、もし彼女の心を喰らっていたとしても、私は君を咎めなかったよ。」


所長は少女を抱き上げ、こちらへ振り返る。


「……むしろ、それが最後のチャンスだったのかも知れない。」


彼は愛おしそうに少女を見つめた。


「FORTは君の様に優しくは、なれないのだよ。」


「優しい…?」


「これから彼女は、今の惨劇よりも酷く、惨い物を多く見ざるを得なくなるだろう。」


「まさか、その少女を能力者にする、と…?」


そんな事は無謀だ、きっと死ぬ―――


しかし、彼は首を横に振る。


「この子は特別なのだよ、劉。神が御使いとして天使を地上に送るように、この少女はFORTに送られた天使――」


「天…使…」


「劉、この子にあの惨劇は似合わないだろう?この子に赤と黒の世界は似合わないだろう?…誰より君が、一番それを知ったはずだ。」


美しい青、美しい琥珀、そして人と言えぬほど透き通った白。


「家族を失ったこの子を守れるのは、最早君しか居ない。」



少女の心を、少女の命を、少女の全てを










「この子の名は…”ナツキ・ヴェネフスカヤ”」











       

―――蝕  ま  れ  ゆ  く     界      

       










蝕まれゆく全てから、彼女を守ることが、彼女の心を知った俺に出来る事なのだろう。



願わくば、彼女がたとえ悲しみをいつの日か忘れても


悲しみの意味だけは忘れぬよう。





……手に残る触れた時に伝わった彼女の体温は、それでも愛しいほどに








人形でも、天使でも無く










人間の、温かさだった。











後書き(弁明とか言い訳とか)


劉→19歳
ナツキ→8歳
くらいの気持ちで書いてます。ナツキちゃんが初めてFORTに運ばれるのは、アヤさんが言ってた事件の後じゃないかと。こんなやり取りが実はあってたらいいよねっていう妄想。
本編でたかがビューイングミス(本当はミスってないけど)くらいで「辞めてしまえ!」っていうのはなんかそこから違う感情がくみ取れる気がするんですよ。
だって劉は独断行動するくらいの経験は持ってるわけだし、自分でいくらかは対処できるわけだし、それなのに「辞めてしまえ」っていうのは、願わくばナツキをFORTから出した方がいいって思ってるわけでしょ?
こんな危ない機関にいつまでもいさせたくない、能力が無くなりつつあるんだとすれば、それこそ出す口実っていうかチャンスなわけで。
でもあたりまえだけどナツキがそれを知るわけもないので怒らせちゃうだけなんだけど。ノーラとか所長辺りはそこら辺までくみ取ってるといいな。
あとは劉はあまりビューイングを必要としなさそうですね。能力的には探査能力低いけど、無理やりどうにかしそう。それでますます多くなる独断行動。
だってFORTに連絡するのって面倒だし、ビューイングってナツキに負担かけちゃうし。
そこら辺も大人組とかアツキは解ってると思う。ナツキは自分の能力信用しないって思って劉にキレるけど。
あとは劉のナツキのいなし方とかはうんざりしてるけどきちんと皮肉っていくよねっていう、まんざらお互い大嫌い同士ってわけでも無いんだなぁ、と。(劉は大人だし)
劉ナツは親子愛とか兄妹愛に近い恋愛ですね。もっとナツキが年喰ったらまた全然変わってくるんだろうけど。そんな話もまた書きたいなぁ。
設定は超無視ってるんであまり突っ込まないでやって下さい。そのための後書きだし。
因みにアツキとナツキはどちらが先にFORT入りしたのか微妙なところ。
個人的にはアツキが後で一番最初にナツキを見てやっぱり「天使だ」って思うといいと思う。
レイ所長もアツキ曰く「天使(悪魔は時に天使の姿をしてやってくる)」らしいし。
…にしても書いてる途中でふと思ったんだが、ナツキはロシア語を喋っているとしたらどうして劉は理解できたのかっていう所なんだけど、
それはナツキの家が日々英語を使っていたのかそれとも劉がロシア語まで網羅してたかのどちらかですよね。
きっとFORTは英語が標準だと思うので。
流石にナツキが中国語って言うのはあり得ないし(笑
そこら辺は愛の力(待
ではなく脳内補完をお願いします。まぁ劉はなんでも物事さらっとこなしそうだし、ロシア語喋れてもおかしくは無いのかな…。