なんだかもの凄く頭が痛い。気のせいかと思ったがそうでもないらしい。
そして気付く
やっぱり私はあの男が、大嫌いだと。
「メイリンさん…?」
名前を呼ばれてふと顔を上げれば目の前に水色が揺れる
心配そうに私を覗きこむ琥珀色の瞳は今日も綺麗だ。
「ナツキ、どうかしたのか?」
「ううん、なんかメイリンさん今日元気ないなと思って。」
「そんなことない!私は大体いつも元気だよ、ナツキが思うよりずっと、呆れられる位に」
そこでふと違和感を感じる。あどけない…と言っても彼女はもう18だったか…その姿に、何か。
「ナツキ…?」
「?」
じっと見つめると彼女は小首を傾げる。その表情があまりに可愛くて抱きしめたくなったが、自重。
「元気、ないね?」
「!」
数回瞬きをして彼女は笑う。
「そんなことないよ?ナツキちゃんは今日もフルパワーです!」
声のトーンは変わらない…が、やっぱりどこか元気がない様に見えた。
いつも会っているわけではないし、今回私が此処へやってきたのも父親がどうしても手が離せない代わりで、彼女と会うのも数カ月ぶり。
とはいえ、他人の気持ちを感じるのは得意だ。
「ナツキ、このメイリン姉さんになんでも言ってごらん?力を貸してあげるから」
目の前の書類を端にどけて彼女と向き合う。
こんな書類は後回しだ。彼女の悩みの方がよっぽど大事だし重要。
「…メイリンさんには隠し事できないね。」
諦めたように笑う彼女に微笑む。心を読む事は出来ないししたいとも思わないが、こうやって気持ちを感じられる力がある事にはとても感謝している。
そして彼女は口を開いた。
「本当は今日、帰ってくる予定だったの」
彼女がそう言った瞬間、頭にはまずあの銀髪の青年が浮かんだ。
…しかし彼は今FORTにいるはずだ。しかも昨日私は彼に会っている。
数年前、律儀な彼は私の放った無責任で身勝手な約束すらも守って家へ来てくれた事がある。
良い男の鏡だと本当に思う。けれど彼にはやる事がある事も私には分かっていた訳で、彼に対しては失恋の様なものもしているのだが…まぁそれは置いといて。
「でも、帰って来る途中でまた任務が入って、帰ってこれなくなったって連絡がさっき入って。」
「誰」―――訊く前に分かったが、それに私は溜息でしか答えられない。
「ナツキ、一つ良い?」
「?」
「アイツのどこが良い訳?」
瞬間、彼女は顔を赤くさせしどろもどろになる。
その様子にも私は心中で盛大に溜息を吐くことしかできない。
アイツ―――彼女の言う男はもう、私の大嫌いで天敵のような男だった。
奴は父親のお気に入りだ。しかし私はどうも好きになれない。好きになろうとも思わない。
私が以前父親に頼まれた時ですら此処へ来る事を拒んだのは奴がいるから、ということもあった。
皮肉屋で現実主義、冷酷冷徹自己中心的…非難の言葉を上げればもう幾らでもという感じだ。
そして最近更にそこにロリコン、と付け加えられて…それが今私が一番許せなくて信じられない事である。
「…メイリンさん?」
「あぁ、ごめんね。…それで?」
この可愛い少女と出会ったのはかれこれ4年程前かと思う。
深くは触れないが、一目見て私は惚れてしまった。なんて可愛いのだろう、と。
久しく3次元で萌える、と思った気がする。最近はマンネリ化していて2次元でもそう萌える対象に会っていなかったから…あれはもう運命としか言えない。
密かに彼女をモデルにギャルゲーのヒロインでも考えようかと…まぁ、それは置いておいて。
「あの人、無理するから、心配で…もし怪我を負ったまま次の任務に行っていたらとか、もしこのまま二度と会えなかったらとか…いつもなら思わないのに、会えないとそんなことばっかり考えちゃって…」
「アイツがそんな奴か?」
諭すように言えば彼女はふるふると首を振る。
本当は彼女が誰よりその事を知っているはずなのだ
「…でも、会いたい」
呟かれた言葉が愛らしい。相手がアイツでさえなければ、どんなに応援できただろうか。
あの嫌味な男でなければ、どんなに。
「…此処に居たか」
「劉…!?」
「劉毅…なんでお前此処に居るんだ」
「うちの者を引き取りに来まして。何か…御不便でも?」
「あるか。ただナツキは連れていかせ――…」
すでに時は、遅し。
「劉毅!貴方どうして此処に居るの、ちょっと待ちなさい、劉!あ、メイリンさん、有難うございました!…ちょっと、劉ってば、速い!」
可愛い彼女は鳥の子のように彼について部屋を出ていく。
こちらへお礼を言うのを忘れない彼女は何ともまあ彼女らしい。
男がこちらを見て薄く、それでもはっきりと笑ったことだけは絶対に忘れるまいと、自分以外誰もいない部屋の空気を睨んで固く誓った。