彼女の心が壊れたことを知ったのは


暗闇の中で鎖に繋がれた彼女を


この目で見た瞬間だった。








その瞳は、きっともう何も映してはいなかったのだろう


虚ろな視点、白過ぎる肌


例えるならばそれは地獄に堕とされた天使の様な、美しく、それでいて狂気を孕んだ姿


―――咎は心が壊れた代償


彼女に近づく己の足音だけが、ただ灰色の箱の様な部屋に充満する。


「……もう、ダメよ」


プラチナブロンドの髪の、冷たく澄んだ女の声が、扉の外から聞こえる。


「複数のサイレントに寄生されている。…これまでのケースを遙かに超えた難解さなの。本来ならば有り得ない……貴方なら、解るでしょう?」


声が震えだす。


「――多過ぎて、深過ぎて、もう、誰にも削れないの。」


彼女の姿を見れば、誰にだって理解できるであろう事実


彼女の時間は、彼女の心は、決して誰にも戻せない。


気付くのが遅かった、


気付かせるのが、遅かった。


「だから、」


       ――――――――だからあなたがおわらせてあげて?










何故、己がこの場に呼ばれたのか、解らないほど愚かではない。


もうほとんど無いであろう彼女の心


それさえも喰い潰していく怪物


全てを怪物のために失う前に


己がそれを喰らえ、と。









繋がれた白い腕に刻まれた多くの生傷と青い打撲の跡は、彼女の苦しみを記す。


多くの悲しみと多くの怒りと多くの苦しみに寄生された彼女は、逃れる術も持たず暴れる他無かったと云う。


それから解放されると言えば、彼女は喜んだだろうか。


感情も思考も全て奪われると知ってなお、彼女はこの苦しみから逃れたいと願うだろうか。


誰より己を忌み嫌う彼女が、己という殺人鬼の餌に成り下がることを望むとでも?


それでも、それを解っていて尚、己は彼女の心を喰らう事を望む


本来なら己に残っているはずの無い感情に、身を委ねるのならば。










「ノーラ、何故俺を呼んだ?」


扉の外へ向かい、問う。


「誰よりナツキは、俺を嫌っていた。」


「そして俺は、それが誰であろうと心を喰らうのを躊躇ったことは無い。」


「アツキならば、削れた筈じゃないのか?」


「…そうだろ「何故、」


女の声が、言葉を遮る


「何故、私がそこに居ないと思う?」


「何故、貴方を遠く離れた任務先から呼び戻したと思う?」


「……何故、ナツキが自分が治らないと知ってから、こうなるまで誰にも何もさせなかったと思う?」


アツキにすら、近づかせもしなかったのよ?


女は思い出しているのか、泣いているようだった。


…何故?


「そんなこと、俺に訊いてどうするつもりだ?」


知ったことじゃない。そう言おうとすると、扉を大きく叩く音が響いた。


「なんで貴方なの?どうしてアツキじゃないの?所長じゃないの?他の人じゃないの?」


「そうしたらあの子は助かっていたのかも知れないのに」


「あの子は、貴方のことが嫌いだったんじゃないの?!」


女の声が潰える。


「”どうせ心が死んじゃうんだったら、ナツキはリュウ・イーに殺されます。”…あの子は、ナツキは、そう言ったのよ…?」










それはあまりに残酷な


もしも己が救う力を持っていたとしたら、この結末は変わっていたのだろうか


失いかけた全てを、奪う事で終わらせられるというのなら


何故己は失ったはずの感情を再び甦らせた?


「救う」などという甘い考えを


「失った」ことがどんなに苦しいかを


「奪う」物に対する拒絶を


それがすべて彼女の願望だったのだとしても。











       

―――L  o  s  t     M  y     F   e  e  l  i  n  g

       







心を喰らわれた少女


これからも永遠に、彼女は死ぬまでその瞳を虚ろわせ続ける。


彼女の心はもう、誰かを想うことすらできない。





それでも、

喰らった彼女の心は、





口付けた彼女の唇は、










覚えうる何よりも、感じた何よりも、甘かった。












後書き


ルクス・ペインで劉ナツでした。初書き。なんで結構前のゲームを取り扱うのかって、うちは熱が激しいんです。冷める時はすって冷めて何時かの再熱を待つ。
どマイナーを突き進んでる感じがしますが、基本うちはケンカップルも年の差も幼女も全て大好きです。あしからず。
ところで心って味がするんだろうか、ってところですね。一応うちでは比喩的な意味も含めて「甘い」ってつかってますが。
そもそも「喰らう」ってのも比喩…だと思うんだけどなぁ。そこら辺はどうなんだろう。
ノーラは劉を呼び付けます。遠い任務って例えば北欧辺りとかなんだろうか。それとも南緯のアフリカ系とか?
本編でナツキは散々劉を色々言ってますが、結局は本当に嫌いだったら会話とかしてないと思うし。そうなっていくとなし崩しでずるずる劉ナツに。
色々書いてて自分でも疑問点が降ってくる小説ですね。対になる奴を書くつもりでいるので、それで全部吹っ切れたらいいなぁ。
そういえば劉の性格はペシミストとか書いてるけど(説明書)、その性格で今回の様な独白は可能なのか。
というかゲーム本編でも厭世主義的なのはあんまり無かったからいいのか?なんて思ったんだけど。うーむ…