折角日本へ来たのだから、花火が見たい。

彼女ははしゃいでそう言った、それが昨日の昼過ぎ。

勿論俺が言われたのではなく、(その頃俺は丁度故郷となる隣国に任務でいたわけだが)

銀髪の青年に寄り添いながら懇願したらしい。

青年は今日オフであるはずだった。というか、オフである。

しかし彼はたまたま潜入せざるを得なくなった大学で、色々と誘いが出来てしまったらしい。

彼女も、そこまで我儘ではない。

幼い頃から、溌剌としていて影を持ち、傍若無人を装って人一倍他人に気を遣う人間だった少女は、18歳となった今その気を増している。

恐らく心の底から残念がりはしたものの、「良いよ、アツキは楽しんできてね!」と言って――――





「…で、何で此処にお前が居る。」

とある日本内の高級ホテルの一室。任務とて此処まで一級のホテルに泊まれることはそうないが、この夏の時分空いてるところが此処しかなかった、とノーラが言っていた。

特に今日は近所で祭りがあるらしく、度を超えた人の波がガラス越しの遥か下に見える。

俺は、本部へ戻る前にアツキから報告と現状を聞く予定で、日本へと立ち寄った。すっかり入れ違いになってしまったが。

俺がアツキの今住んでいる場所を訪ねたところ、奴はすでに出かけていたらしかった。

すぐに連絡して、今日の夜中…明日の朝になるかもしれないが、話を聞くようにし、この場所へと戻って来た次第で、それを伝えると

ノーラからは、休暇だと思え、と3日間の滞在を許された。恐らくは、その間にオリジナルとの大きな接触があるのかもしれない。

しかし、休暇と言っても勝手の分からない他国である。俺は何をするでもなくたまった疲労を3日間の睡眠で、取ろうと計画を立てていたのだが。

…彼女がいかにも不服だという顔をして此処へやってきたのは、その直後だった。

「来たからでしょう?」

「禅問答をしているほど俺は暇人じゃない。」

「何か他に言う事はないの?」

ドアの前で俺を見上げるその少女はじっと俺を見つめて、否睨んで、俺の返答を待った。溜息が零れる。

「取り敢えず、中に入れ。」

彼女の足は慣れていない下駄が原因か、少し赤いように見えた。






「うわぁ…綺麗な部屋…」

彼女は部屋に入るないなやこう呟いた。日本でも有数の、というおまけまでつく高級ホテルである。

「それで、ここに来た理由を簡潔に言え。そもそも何故お前が俺の居場所を知っている?」

「ノーラが教えてきたから。」

今日2度目の溜息。彼女は既に純白の柔らかいベッドに腰かけ、脚を遊ばせている。彼女は誰に着せて貰ったのか、深い蒼が基調の浴衣を召し、ご丁寧に髪には簪を挿していた。

「それで――「言う事は?」

俺の言葉を遮って、彼女は強い口調で言った。

「…その仕立ての浴衣は餓鬼には似合わん仕様だがな。」

「死んじゃえば良いのに。」

本気で睨まれる。別に構わない、俺は彼女のご機嫌取りではない。

「アツキなら可愛いって言ってくれた。絶対。」

だからアツキに見せたかったのにな、と彼女は唇を尖らせて言った。

「俺の質問に答えて貰おうか?」

「一人で花火なんて見たくなかったから。」

”花火は見たい、けれど一人は嫌だ。”アツキが居なく、共に見る者はいないが、日本で一番大きい花火大会だと称されるほどの花火、任務によりこの町を出れないナツキに”見ない”という選択肢は無い。

「だからってお前がここに来るとはな。」

「一人よりはマシだもの。」

彼女はこちらを見ない。ただ、ガラス越しに見える星より明るい夜景を、派手な祭りの喧騒を、眺めていた。

「花火は何時からだ?」

立っていても仕方がない、そもそも此処は俺に与えられた部屋である。

キングサイズの大きなベッド、彼女の隣に腰掛けてそう問うた。

「9時。」

以前の彼女ならきっと、隣を少し拝借しただけでも怒鳴り喚き散らしたに違いないが、今はそんなことは無くなった。

9時、時計を見ると後5分と無い。

「何か飲む物は」

「要らない。」

ふと、腕に何か力が加えられる。細く白い腕が、浴衣の裾から伸びていた。

「…今日はどうしたんだ、」

お前らしくないな、と絡まれた腕に触れる。彼女は何も言わない。

沈黙の室内に、時計の針が時を刻む音だけが谺する。

「ぁ、」

彼女の小さな呟きと共に、光の花が夜景の上の暗闇で咲いた。

「赤に黄色に青。凄く綺麗なのに、どうしてあそこじゃ見れないのかしら。」

彼女の琥珀色の瞳に、花火の色が映る。まるで、焼き付けてその色が移ったかのように。

「――俺は何度も、辞めろと言ってきたはずだ。」

「…”お前の能力は当てにならないから”」

彼女は淡々と言った。確かに、俺はそういう口実をつけて、幼く言い返す事が出来ないのを理由に彼女にそう言い続けていた。

それが出来なくなったのも、何年も前のことだが。







「ねぇ、劉毅」

暫くして、彼女が俺を呼んだ。花火はまだ続いている。

「さっきカウンターにいるお兄さんが教えてくれたんだけど」

彼女は花火の方から目を逸らし、けれど俺の方を向くことは無く続けた。

「39階のスウィートからこの花火を一緒に見た二人は、一生結ばれるって言われてるらしいけど」

唐突な話、けれど俺は彼女の話を無表情で聞いていた

「それがどうした?」

「それって一種の最高の束縛よね。」

彼女はふと思いついたかのように言う。

「それはアツキと居たら絶対に聞けない言葉だろうな」

「劉と居ると、全部面倒になっちゃうんだもの。」

「嘘を吐くのも、飾っちゃうのも」―――彼女は長い浴衣の裾を膝上まで捲って脚を遊ばせるのを再開した。

「安心しろ、俺が長生きするとは思えん。」

「……」

「死ねば一生は終わりだ」

「馬鹿じゃないの」

彼女は俺の腕を掴む力を強めて辛辣に言い放った。

「私は劉が死んだら一緒に死ぬんだから関係無い。」

「ほぅ?」

「だって劉が死んだところで私の一生は続くもの。残った一生劉なんかに束縛されて誰とも結ばれないなんて、なんて可哀相なナツキちゃん。」

その意味を分からないで言っているほど、彼女も愚かなはずは無い。

そして、それを聞いている俺も。

「そんな事不用意に口走って良いのか?」

「じゃなかったら私が先に死んでやる」

それこそどこの餓鬼の言葉か。買い言葉が下手なのは、今も昔も変わらない。

「それは無理だな」

「どうしてよ」

「危険率も寿命も確実に俺が先に逝くからな。」

寿命、それをわざと誇張して言う。

「―――っ、絶対先に死んでやるんだから!」

そう云う奴ほど、長生きするものだ。彼女は間違いなく、俺などより早く死ぬタマでは無い。

「まぁ、安心しろ。」

再び花火の方を向く彼女の瞳に、上がる花火の光はもう映っていない。

拘束されていた腕を緩やかに解いて、「ナツキ、」と彼女の名を呼ぶ。

「な、」

何、と言って振り返ろうとした彼女の顎を軽く持ち上げて、その艶やかな唇に触れるか触れないかのキスを落とす。折角塗った朱を落としてしまうのも勿体無い。

「っ、」

「生憎、俺はそんな呪い(まじない)信用しないんでね。」

花火なんて無くて元より、生きている間はおろか死んだ後でさえ

「放してやれるかどうか。」

彼女は純白の肌をさっと紅く染めもう一度「馬鹿じゃないの」と言うと、俺の首に、首を埋めた。










       

―――束  縛  的      火  観  賞  

       







「邪魔して、ごめんなさい」

くぐもった声が、肩の方から聞こえる。

「寂しかったの」

首に細い腕が回される。

「ひとりって、いや。」

「無論俺じゃなくてもよかったんだろう?」

「アツキには昨日の昼過ぎには断られてた」

回す腕の力が強まる。しっとりとした甘い香りが鼻のすぐ傍で漂う。

「いつもの恰好なら楽だし、浴衣なんて帯はきついし、下駄を履けば脚は凄く痛い。けど着たかった」

「気付いてよ、馬――「俺は」

言葉を皆まで聞かず、彼女の背に手を回す。

「お前の着こなしているその浴衣はそこらへんの餓鬼には到底似合いもしない、と」

「そういう意味で言ったんだがな」

一瞬、沈黙が流れる。

「劉、」

「何だ」

「明日は休暇?」

「そう言われている」

ナツキはそこで口を噤んだ。何を迷っているのか、しかし彼女の望みくらい手に取るように分かる。

「祭りは明日までらしい。一日中仕事というわけでもないだろう?」

彼女は埋めていた顔を上げて、信じられない、という顔をした。

「兎は寂しいと死ぬという話だ。死なれても困る。」

「劉、おかしくなっちゃったみたい。」

彼女が笑いながら言う。

「誰の所為だ?」

「……ありがとう。」






実は全て知っていたのだと言ったら、彼女はまた腹を立てて拗ねてしまうのだろうか。

昨日までの任務でも、変わらず幾つもの魂を食らった俺に。人殺し、と言われるべき俺に。

FORT一感の良いあのオペレーターは、今朝日本へ着いたばかりの俺に全てを伝えてきた。

”きっと、ナツキが寂しがっているわよ”

そしてそれを聞いて俺は

”彼女にこのホテルの場所と部屋番号を教えてくれ。”

そう、言った。




「劉、」



すり寄ってくる彼女は、寂しかったのだと幾度も言う。


けれど、それは俺とて何が違おうか?


そう思う権利も、そう思われる権利も、本当は無いというのに。







「だいすき。」






……それでも今は、昨日までの殺伐とした世界を忘れさせてくれるこの暖かさに縋りたいと、そう思った。









来年も生きて彼女とこの時を過ごしたいと願う事は、生死も厭わぬ己の傲慢さ故の束縛なのだろうが。





うわあああああああああ!!!!!
友人とメール中に脳内投下されたこのネタ。どうした自分←
甘いのが書きたい甘いのが書きたいと唸ってたら友人が花火ネタとか良いんじゃない?と言ってくれた瞬間
「この場所で見た二人は必ず幸せに」→「一生離れない」→「それって一種の最高の束縛よね」
自分、死ねばいいのに。 な ん で そ う な っ た o r z . . . !
ってわけで今回はナツキちゃんにそれを言わせたいがために書いたんですけど
その友人に原案を見せたところ、
「切甘…?」
…よし、甘ってついたキャッホウ。
っていうね!しかしラスト何行か書いてて真面目に自分自身で悲しくなった。
…これ、甘とれたんじゃねぇの?
そしてこれ色々大丈夫だよね?ね?
以前に「年食ったら色々変わるんだろうなぁ…」と後書きで書いた覚えがありますが、こうなりましたよえぇ。
27×18位のイメージ。あれ、年の差間違ってるって?
違うよ、説明書のナツキは誕生日来てなくて劉は来てたんだよ。そうに違いないんだ(殴
そしてお泊り決行…?え、ごめん何も聞こえない!
いや、10時過ぎに可愛い浴衣の子をお祭りでテンションあがった野郎どもの巣窟を通って帰らせるなんてする方が最低だかr(ry
結局劉は次の日のアツキと会う約束なんて覚えてても無視ると思う。
「疲れていて寝ていた、済まない」
とか何とか抜かして。
つうかただ泊まらせてただけだよきっと!自分は床で寝るんだ、劉良い人!って事にしといて下さ(逃