いつもなら絶対に有り得ない光景が目の前では繰り広げられている。
明日になればこの光景は嘘のように、いや本当に嘘になってしまうに違いない
ただ俺はとても
彼女が可哀相で不憫で、
そしてとても幸せそうに見えた。
「…ねぇ、劉毅。」
「何だ」
FORT内がざわめく。いや、どよめくと言った方が正しいか。
「離れてくれなくちゃ、仕事が出来ないんだけど…?」
「体がだるい。」
いや、まぁざわめいたりどよめいたりしているのは今年新しく入って来た人だけであって、その他の人達はもう半ば諦めているんだけれど
…2年目の人は、これが夢じゃないことを思い知らされた意味で驚くのかもしれないが。
「嘘付きなさいよ…!昨日はそんな事一言も言ってなかったじゃない!むしろ私の方が体だるいって…!!」
ナツキ、大丈夫?
休んでてとは言えないけど、ナツキがそこまで言うって結構だよね
まぁ元凶はまったく悪びれてないけど。
「ならこれでどうだ?」
「きゃっ…!!」
うわぁ、ナツキって軽そうだとは思ってたけど、あそこまで軽々と「お姫様抱っこ」されると…
あ、一人逝った。
そう、こっちの心に重く圧し掛かるよね、俺はどうも思わないけど。
…あ、また一人逝った。
「おっ…下ろして…!」
「だるければ休んでいればいい。今はオリジナルサイレントも出ていない。」
知ってるよ劉、だから俺は今年はそろそろかなって思ってたんだけど。
お陰で俺は毎年この光景に拝めるわけだけどさ?
「で、も!私は働かなくちゃいけないの!強いサイレントが居なければお休みの劉と違って、私に休みは無いの!だから下ろして…」
「断る」
「―――でもね劉っ、本当の事言うとね、皆の目線が痛いっていうか、そもそもこの体勢がいろんな意味でイタいっていうか…」
良くおわかりでナツキ嬢。
でもね、彼はそれを君以上に良く分かってやってる確信犯だから、無理なんだ。
あれ、また一人逝ってる…?
「うーー…っ、ノーラぁ…!」
おっと、ここで普段なら対等かそれ以上に渡り合えるノーラの登場…ナツキ、でもね?
「劉、貴方…ナツキも嫌がってる事だし…止めてあげたら…?」
「そりゃあ所長はいつでも所長室に居るからな?」
「――――っ…!」
ナツキに見せないようにして、劉の瞳がさっと冷たくなる。ノーラはその意味を理解したか、というか元から止めれるとも思っていないのか。
「好きにしなさい!」
「のーらぁあぁぁああっ!?」
最後の砦まで崩壊し、ナツキは叫ぶ。まさかそこまで劉が粘るとも思ってなかった?いや毎年そうじゃないか。
毎年不定期に1度だけ、劉が壊れるその日がある。
壊れる、まさにその表現しかできない彼の行動。
いつもの冷静沈着、悪く言えば非情で非道な性格のFORT最高のスイーパーは何処へ行ってしまったか。
いつもは他人に触れられるのすらあまり由としない彼は今何をしている?
いつも喧嘩腰でしか接触しない彼女と彼は忌み嫌い合ってるのでは無かったのか?
そんな疑問と叫びがあちこちから噴出しそうな、というかしている技術室内。
今日が毎年恒例の、「公開処刑デー」(ナツキ命名)、その日らしい。
そもそも公開処刑デーとは何か。
前述の通りFORT内FALCO所属最高実力者であるスイーパー、劉毅の奇怪な行動を指す。
そして被害者は今この光景でも見てとれる通り、FORT内ルクスペイン「トリスタン」適合者、ナツキ・ヴェネフスカヤ。
主にその被害は一日中劉がナツキから離れないというところで、
…別に護衛とかそういう意味でも無く、
ただ純粋にくっついていたいからくっつく、みたいな。
俺の見た限り、ただのいちゃつく日である。公衆の面前で、というオマケがついただけの。
しかしそれは周囲に多大なる衝撃と迷惑と、そして多少の苛つきを与える。
何せあの二人がこのような状況になるという以前に、
劉が此処までナツキに接触できるということ自体が周知の事実でないのだからしょうがない。…あ、また一人出て行った。
「お仕事するから下ろしてください。…ね、劉。皆に迷惑かけるの私嫌だし…」
「…」
「一日傍にいるから、ね?」
「…」
「下ろしてくれたら、今日は夜ごはん作ってあげる。」
ナツキは顔を真っ赤にさせながら劉の耳元で囁いて(技術室中に丸聞こえだが)
「…青椒肉絲が良い」
「分かりました。」
…即ちまぁ2人はそういう関係なわけだが。
これは普段あまりにも殺伐とした会話と態度で接し合っている2人からは誰も想像できず。
この2人がそういう関係になった事をよく知る人物など、この広大なFORT内で彼ら自身を除いて3人しかいない。
その3人の内2人が、既に匙を投げているのだ、俺も含め。
むしろ見ていれば面白いので何も言わないし、先程のノーラも最早諦めを越した境地で。
しかし、一つ問題であるとすれば…あ、また。
そう、この日続出するショック状態で倒れる、または職務放棄してこの部屋を出ていく男が、後を絶たないことだ。
理由など一つしかない。
ナツキ・ヴェネフスカヤは美少女である、この一点。
つまりは恋情の相手に大きく成り得るのだこれが。
それがいつも「馬鹿じゃないの」だの、「お前の下らない雑音的会話に付き合っているほど俺は暇ではない」だの、「心が壊れた非人間」「姦しい餓鬼」だの言い合っている(専らナツキだけが激昂しているが)
間柄なはずのあのスイーパーが彼女にああも易々と、しかも自分から鬱陶しいほどに絡んでおきながら、拒まれずに、接されているなど。まして離れる代わりが「手作りの夕食」。
想いも一瞬にして砕かれるというものだ。何という理不尽さ。
そして俺とノーラは眼を合せては互いともなく溜息を吐いた。
「劉、」
ナツキが報告書を所長に提出に行っている間、散々好き勝手やった劉にノーラが結構な剣幕で詰め寄る。流石の彼も、本当に重要な仕事であれば彼女の邪魔はしない。
「何だ?」
「あまり酷いと…所長に報告するわよ?」
劉は一瞬きょとん、と(これも普段ならあり得ない仕種だ、)して
そしてふっ、といつもの様にあの上から目線な笑みで
「構わん、承諾済みだ」
とさも可笑しそうに言った。
「あぁ…そう…」
最早他に言えることもない。あの人も絡んでいると思えば、ここまで傍若無人な態度でいられるのに納得もできよう。
ノーラは、もう無駄だと悟って、仕事の再開に戻ってしまった。
隣の劉を見ると、彼はやはり澄ました顔でこちらを見ていた。
「まったく、劉はさ、」
「?」
「…男の鏡だよ。」
「それは嬉しい褒め言葉だな。」
彼は分かっている、そこも食えない。
「独占欲くらい、持ったって罰は当たらない。」
そうだろう?
彼はそう言うと、恐らくは愛する彼女の振舞う手料理を待つべく
自室へと、引き返して行った。
…明日、オリジナルが出たら、どうしてくれようか。