弱い人間は死んで当たり前
だからこそ幾度となく死を見てきた
死なんて結局、どれも変わりはしない物
―――唯一つ、殺人鬼の死を除いて、は。
この世に居れば、死ぬことが当たり前だった。
それが何年後か何ヶ月後か何日後か、それとも何時間後、何分後、何秒後、なのかは分からなくとも。
それはあの殺人鬼だって解っていたはずだ。
自分の業と、生きる世界を見つめれば
彼女はきっと、あの結果になんて驚きもしなかっただろう。
煮立つ頭で死んでいく人間を甲高い笑い声をあげながら下らなさそうに見つめ
万という価値になるただの紙切れの山を満足そうにうっとりと見つめ
そして極々たまにふと遠くを見つめては諦めたように鼻で笑う俺しか知らない表情をする彼女は
そしてその日も彼女は俺の目の前で札束に口づけて
手にした漆黒のクラリネットに視線を移して部屋を出ていく
その後ろ姿は、美しく、そして残酷だった。
「愛」とは何か、そう君に問えば、
「はぁ?アンタもあのサソリ女みたいなこと言うわけ?信じらんない」
と顔を歪めた。10年も前の事を、と笑うと
「……バッカみたい、アンタも、アタシも。」
と自分に嗤った。
それから君は、
「アタシが望むのは、お金と、それをくれる人だけ。」
そう言ってそして口を噤んだ。
そんな君が、俺は好きだよと彼女に聞こえるように立ち上がりながら呟くと、
「だからアンタがキライよ。」
彼女は横を向いて頬杖をつきながら、吐き捨てるように言った。
「冴えないクセにそういうこと言うの」
恋人達の様に甘い関係であれば、もっと悲しんだのかも知れない
赤の他人だと割り切られる関係であれば、この部屋の中の荷物を全て捨てられたのかも知れない
彼女の死はそれほどまでに重くもなく、軽くもない曖昧な物だった
彼女への愛が、狂うほどに激しかったわけでもなく、捨てられるほどに冷めていた訳でも無かった様に。
床には札束が転がる
机には開けっ放しのクラリネットのケースと、手入れのための布と油とクリームが置いてある
全てあの日のまま、全ては一瞬のため。
彼女の記憶が風化する前に
俺にできる最後の事は