セストラル、お願いだ

  どうか僕をその背に乗せて
 
  彼女のところまで、連れて行ってくれ。




最悪の結果、とでも言うべきか

全てが無になった世界
何もこの手には、残っていない。
さらりと流れた銀色の髪は、あの一瞬で
地面に這い、動かなくなった。


今のことのように、思い返されるあの光景。
紅に染まった戦場は、
今や灰色の廊下。

多くの命が散っていった後とは思えない。



―――本当に嘘なら良かった。


自嘲気味に笑う。
どうして自分は死んでいない?
何故自分は今此処に立っていられる?

彼女は、居ないというのに。


この世界を統べるのは、闇色の蛇。
金の獅子の子であった筈の自分は
蛇に見初められ、闇へと堕ちた。

…下らない理由
弱く、何も出来ない自分は
何一つ、この手に残すことさえ出来なかった自分は

”純潔”

誇り高き血を継ぐ者、と
蛇に腕を引かれた。


全てはこの蛇のせい
自分が今、その元に跪く主。


両親を狂わせたのも
自分に天馬を初めて見せたのも
全て。


「違うだろう?ネビル・ロングボトム」


呟いた一言が、廊下中に響き渡る。
跳ね返ってきて再び頭に刻まれるその言葉は、
己の消えはしない咎。


分かっている。この現実は、全て己のせいだと
自分が強くさえあれば
両親も祖父母も大切な友人達も救世主で親友の英雄も
…そして、彼女も
今此処に立ち、まったく違う世界で
一緒に笑い合えていただろう。


気づけば、視線の端に天馬が体を震わせ、こちらを見ているのが見える。
その瞳は、まるで彼女の青い瞳のような

音も立てずに近付いてくる天馬に、手を伸ばす。
幾つもの目の前で散った命が、自分にこの生物を見せている。
しかし、この天馬を瞳に映す度思い起こされるのは
他の誰でもない
たった一人の少女の死。


銀色の髪を、紅に染め上げて動かなくなった
天馬と同じ瞳、の


       

―――セ  ス  ト  ラ  ル  

       




その天馬の存在が―――




君を忘れさせてはくれない。