※たいして出てくる訳でもありませんが主人公の名前は「蒼碧真紅」(そうへき・まこう)でお願いします。
たとえそれが悪魔であろうと神であろうと、その存在を奪わせはしない、と
罪を持つ身で最期願ったのは、ただその「死」を
己の物にすること、それだけだった。
引きとめられる筈が無い事は理解していた。
彼女の中の相反する存在はそのどちらもが己を拒んでいる。
ただ彼女自身が己を拒まなかったことが救いで、
それに浸け入ろうとしている己に吐き気がした。
パソコン上の数字の羅列に目が眩む。
ふと眼を閉じれば、背後に人の気配がした。
「直哉様、」
振り返ること無く、何だと返事をする。
暫く彼女の姿は見ていなかった、大方父親に色々と使われていたのだろう。
そして差し出されたのは、久し振りに見る人間の食料だった。
「あまり食べていらっしゃらないでしょう?」
「最低限のことはしているがな」
「これを。」
冷房の効いた部屋の中で、恐らくまだ温かいそれらが緩く白い湯気を上げている様に見えた。
「…それだけの用か。」
「………真紅様と、会いました。」
真紅、その言葉を聞いただけで体中の血が沸き立つかのような感覚に襲われた。
「―――それで?」
お前はどうするつもりなのかと言外に含ませたその台詞は、聡い彼女にはその意志どおりに伝わったらしい。
「…レミエルは、彼を救世主とすべきだと。」
…大きな音がした、と気付いた時には、彼女が俺の下でじっと、此方を見ていた。
一瞬にして押し倒された事に驚きはしていても怯えてはいないらしい。音の正体は傍の机に置かれた、彼女の持ってきた水筒が倒れた音だった。
「……酷い話だと?」
「…黙れ。」
あぁ、彼女の頸はこんなにも細く白かったかと、回らない頭の片隅でそんな事を思った。
このまま激情に任せて殺してしまおうか。それでも俺の罪はなんら変わらない。
「……私は、レミエルに賛同します。」
「…だろうな。」
ゆっくりと、頸に加える力を強くしていく。
彼女の瞳から自然反応的な涙が零れた。話す為に開けた口の奥の方から、ひゅ、と音が鳴った。
「貴方とは、最初から道を違えていた。」
「違えたのはお前の意志だろう」
「…あるいは、そう、かもしれない」
いよいよ、元々弱い彼女の力が消えそうなその時、彼女の白い手が首を絞め上げる俺の腕を掴んだ。
「時間が、無いんです、私に、は」
瞬間、圧倒的な力が俺の腕を彼女の頸から離した。
「はなれて、いてくださ、」
皆まで良い終わらない内に彼女の体が激しく痙攣する。
自分で自分を拘束するかのように抱き、荒い息を押し止めようと歯を食いしばっている。
それに俺は何もしない。することも、出来ない。
時間が無いと叫んだ彼女の心の中でのたうつ悪魔は、
もうすぐ彼女の全てを食い潰すだろう。
「天音」
ぐったりと、殆ど動かない彼女に声を掛ける。
目を閉じて横たわる彼女は、巫女というよりは年相応の少女の姿に見えた。
「俺はお前を殺すことも、躊躇わないだろうな。」
殺したいほど憎いあの可愛い従弟ですら、利用できなければ殺すだろう。
無力な神にそれでも下ると言うのなら。
「…お前に俺が殺せるか?」
天使レミエルではなく、九頭竜天音として、お前は。
閉じた目がゆっくりと開いて、その手が俺の服の袖を緩く掴み、そしてその口が、開いた。
「勿論、です。」
彼女の顔を覗きこめば、揺らぐ事の無い瞳が、彼女が今「彼女自身」であることを証明していた。
「だから貴方も、私を殺す時は」
袖を掴んだのとは逆の手が、頬に触れた。
「カインでは無く、蒼碧直哉として、」
―――――わたしをころして。
それはまるで何より甘美な誘惑の様で
それはきっと、原初に犯した罪より重く背負うべき罪になるに違いない。
嗚呼この罪の味を、愚かな神は知らないのだろう、が。